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正当な客観的評価という幻想

投稿日:2016-11-10 更新日:

経営書を読んだりすると、人材評価を科学的にやろう、という考え方が紹介されていることがあります。
こういう組織論みたいなのは意外とトレンドがあって、「どこの会社も苦労してんだな」って感じなんですが、まあ正当な評価なんてできないんですよね。

会社で働く人ならば(公務員もそうだろうけど)、評価の正当性について一度は考えたことがあるんじゃないでしょうか。
でも、数値化してみたり、360度評価にしてみたり、いろいろと制度をいじくったところで、客観的に誰もが納得できる100%正当な評価なんてのは存在しないはずです。

みんなが納得できる正当な評価を目指すことに意義はありますが、完璧を求めすぎるのは問題なので、ちょっと掘り下げてみたいと思います。

客観的な正当性って?

客観的に正当な評価を考えるためには、以下の要素が必要だろう。

  • 事前に約束されている評価項目であること
  • 評価項目を正しく測定する方法があること

こんなの無理でしょ!普通に考えて。

なぜ、事前に評価項目を約束できないのか?

事前に評価項目を約束するのが難しい理由は、ひとえに未来を見通すことは不可能だと言うことに起因する。

組織の目標が固まっていない。

どんなに有能な経営者でも、100%間違いない全社目標を掲げることは不可能だ。
しかも、世の中にはそうしたビジョンや目標が重要だと考えている経営陣は多くない。

途中でよりよい評価項目が見出される可能性がある。

期首に約束した評価項目がベストとは限らない。
期中によりよい評価項目を発見して、そこに柔軟に対応しないのはナンセンスである。
何よりも、決められすぎたプロセスというのは、挑戦や失敗を阻害しかねない。

なぜ、評価項目は正しく測定できないのか?

数字で評価する場合でも、その数字を個人の力だけで達成する状況など存在しない。
必ず誰かのサポートやチームワーク、ノウハウの蓄積があって達成されることである。
だから、売上などの分かりやすい数字であっても、それをもって客観的に正当であるとは言えない。

さらに、時間軸の問題もある。
長期的な利益を犠牲にして短期的な成果を出すことは、意外と安易な道として常に選択できるものだ。
だから、その辺を経営陣や中間管理職が見極めてバランスを取るのだが、その達成度を客観的に測定する方法がない。結局は「上司の主管」にならざるを得ない。

運の要素って評価できるのか?

立地とかタイミングとか、そういった運の要素も、成果に大きな影響を与えることがある。
運が良くて売上が上がった人間に高評価をつけるのは、果たして客観的に正当と言えるのだろうか。

運を直接測定する方法があればいいんだけど、そんなのないしね。

だから、組織の評価に期待しないこと

客観的な正当性なんてないんだから、自分なりに組織に貢献することが大切。
っつーか、ぶっちゃけ上司に気に入られることがもっとも重要。だって評価するのは上司だから。

「自分は正当に評価されていない」

って思うなら、それは実力不足か相性が悪い。
がんばるか、転職した方がいい。

「何が評価されるのかきちんと提示してくれないと、どう行動していいか分からないよ」

って意見はもっともだ。
もっともなんだけど、上司だって人間で不完全なんだ。
そこを助けて補って、自分と上司を含めたチーム全体の成果が上がるような働き方ができる人間が、結局は評価されるんじゃないのかな。

それができないんだったら、たぶん組織で働くのが向いてないから、働き方を考え直そう。

というわけで、自分には向いてないので、早く起業したいなあ、なんて思いながら上司を助ける毎日を過ごすのだ。

以上!

-Life

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