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幸福と平等について

投稿日:2015-09-24 更新日:

幸せとは何か、というのは人類の永遠の課題だ。
今回は、そんな永遠の課題について、自分のスタンスを書いてみようと思う。

無知のヴェール

まず最初に、手元にある資料から要約したので、誤りがあるかもしれないことを断っておく。

自分が大学で勉強していたとき、無知のヴェールという言葉を知った。

無知のヴェールというのは、生まれる前の時点まで遡ったと仮定して(無知のヴェールを被ったとして)どんな人間として生まれたいか、という思考実験である。
もちろん、これは実現不可能な思考実験だ。
生まれる前まで遡ることは不可能だし、無知のヴェールを被ったときに判断基準さえ無知のヴェールに覆われ、判断基準の拠り所さえ生まれていないことになってしまう。

無知のヴェールは、ジョン・ロールズの著書「正義論」の中で、社会的意思決定は正義に基づくべきだという主張に使われた概念だ。
現実世界でそれぞれが置かれた(社会的)立場に基づくのではなく、自分が社会でどんな能力・立場になるか分からないという考えに基づけば、正義に基づいた社会的意思決定がなされるだろう、という仮説だ。

運の良さにかまける人たち

無知のヴェール自体は、上述の通り、実現不可能な思考実験であり、それ自体が何かの解決策になるわけではないだろう。

だけど、人間には、自分で選べないものがあまりにも多い。

健康、頭脳、身体能力、性格、性別、親、国、その他いろいろ、自分では選べない。
だから自分は、持って生まれた能力、特に五体満足であることに感謝している。
(別に超健康体というわけではない。実際に大病で死ぬ寸前まで経験している。)

一方で、身体能力が低い、頭が悪い、社会不適合、といった理由で、他人を見下す人が少なからず存在する。
また、自分より明らかに頭脳・身体能力ともに高いような多くの人たちが、自分たちがよりよい生活(特に経済面)をすることだけに執着している。

だが無知のヴェールに基づいて考えれば、どんな立場に生まれても不思議ではなかったのだ。

自分は恵まれているのだ、という感謝

自分には、運の良さにかまけて他人を虐げることはできない。

かといって、自分の全てを犠牲にして他人のために尽くすのは、最大限の効果を生むとも思えない。
目の前の人だけ救えばいいわけではないのだから。

そういうことを考えて、自分の結論としては、今の状況に感謝しつつも、自分のできることに最大限注力する。
そして、将来的により公平な社会を築けるような人間になる。

今の自分は情けないぐらい何もないけど、指をくわえているままではいられない。
とにかく、何か行動すれば、何か成果が出るのだ。
だから、ブログを書いて、Webアプリを作るのだ。

ただ一つ心がとがめるのは、今の自分が単に自分の成功を目指しているという誤解を与えかねないことだ。
もしかしたら、自分の発信がまだ足りないのかもしれないな。

以上!

-Life

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